20周年を振り返る~Looking back on history ~Part③「広島の暴走族へのソーラン指導」

2002~2003年当時、社会問題となり連日ニュースで報道されていたのが広島の暴走族問題でした。何とかしないといけないと、当時の広島県警本部長竹花豊さんから、少年少女たちに踊りを指導してほしいというご依頼を受けました。ご縁を繋いでくださったのは、イエローハット創業者で、トイレ掃除の神様とも呼ばれている鍵山秀三郎先生です。

鍵山先生は「トイレ掃除は心磨き」ということで徹底してトイレを磨き上げます。その活動は世界じゅうに広がり、多くの学校や会社などでも取り入れられています。便器を徹底して磨くことによって様々な気づきや達成感が得られます。私も何度も体験しましたが、徹底した掃除のあとに感じる清々しい汗は他には代えがたいものがあります。そしてこの暴走族問題にも「トイレ掃除」を通しての活動をされていました。
先生は大阪メチャハピー祭を立ち上げ当初から応援してくれていて、それなら「トイレ掃除」だけでなく「踊り」もぜひ一緒にしたほうがより一層社会課題の解決に繋がる、ということでご縁を頂戴しました。

まずは当時、2000人以上いた暴走族たちをまとめていた「面倒見」と呼ばれる元暴走族メンバー3名がOHPの事務局にやってきました。そして広島県警の警察官の方も一緒になって練習するとの事でした。ほかに比べると少しばかり年齢の高い警察の方も、みんなで汗だくになって練習を重ねます。さらには会場内で鍵山先生や欠野OHP理事長もずっと見ておられます。元暴走族、警察官、鍵山先生、理事長、なんとも言えない緊張感でいっぱいでした。

最初は照れ臭がっていた3人もだんだんと乗ってきて、どうせやるならと全力で取り組んでくれました。やはりそれだけの人数をまとめているだけあって、その持っている迫力やエネルギーも半端ではありません。それに負けないようにとこっちも必死でした。

休憩中、暑いとTシャツを脱いだその背中には、一面の昇り龍の入れ墨が。思わず「すごいね」と声を掛けると、
「この龍にはまだ目を入れておらんけん、未完成なんよ」
と笑いながら説明してくれたのもよく覚えています。
広島記事004
丸々二日間、朝から晩までヘトヘトになりながらなんとか最後まで踊れるようになりました。身体の疲労感だけでなく、緊張感からくる疲れも相当あったことを思い出します。

翌年、今度は広島に伺っての指導でした。ここでは現役暴走族の少女たちへの指導です。
なんと広島の一大イベント「フラワーフェスティバル」のステージにて、現役暴走族、元暴走族、警察官、そして私達など約30名で踊りを披露するという試みでした。ここでは、暴走族からの離脱を支援するNPO法人、コーチズの皆さんと一緒に練習を重ねました。ここでのご縁は15年以上経った今でも繋がっています。

「なんでウチらが踊らんといけんの」
なかなかやる気になれない少女たちを、私達だけでなく警察官も一緒になって励まし、練習は続きます。こちらもたいへん緊張しながら練習に伺っていたことを思い出します。

ただ、練習を重ねるにつれて、
「(県警の)おっちゃん達も頑張ってるから、うちらもやったらんと」
と徐々に前向きな姿勢を見せてくれるようになりました。

しかしながら、ご担当されていた警察官の方が
「当日朝、彼女たちが会場に来ず、演舞披露は中止という夢を見ました」
と仰るくらい、誰もが大きな緊張感を抱える試みでした。

いざ本番。
030505広島フラワーフェスティバル
これまで多くのイベント会場では、妨害する暴走族とそれを制止する警察官がぶつかり合っていましたが、この時の客席ばかりは、たくさんの暴走族と警察官が「同じ方向」を向き、大きな手拍子と声援を送っていました。対峙するだけではなく、同じ方向を向いてともに前に進むことの素晴らしさを体感した瞬間でした。

翌日には多くの新聞が取り上げて下さり、私達の活動においても大きな社会的活動の一つとなりました。そしてこの暴走族問題もこの時期をきっかけに、急速に縮小してゆきます。

大阪メチャハピー祭という賑やかな祭りを開催し、ともすればその派手な側面だけが独り歩きしがちですが、私達の活動の根底には、こうした「踊りを通した青少年健全育成」という地道な活動がしっかりと根を張っているということを、20年を機に改めてご紹介させて頂きました。
広島記事002
広島記事005
※転載される場合はご連絡くださいませ。(文責:黒川弘章)

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